『マスター・フーの手紙』メッセージ解釈-続-
S5パッションまでの【ネタバレ】を含みますので、未視聴の方はご注意願います。
勝手に先を予測する表現がありますので、苦手な方は記事をパスしてください。
後半に、111話パッション回の見解を載せています。
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マスター・フーの手紙に秘められているメッセージについて、過去に『マスター・フーの手紙と別解釈』という記事を出しましたが、そこに書いた通り、あの手紙の中に3つの異なるメッセージを秘めたことは、おそらく間違いないでしょう。中でも特にガブリエルに対して強く訴えているなという印象を持ったので、今回フォーカスしたいと思います。
以前は、気づくタイミングが違ったため、別記事になっていました。(手紙の前半部分『マスター・フーの手紙と別解釈』、後半部分を『エミリー』)それでは、わかりやすく一つにまとめてみます。
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マスターの手紙
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『失うという経験は人生に付きもの。でもいいこともあるから。思い通りにいかなくても受け入れること。
初めての時は全てが冒険。その冒険がどこまで続くのかはわからない。
きっとお互いの心を委ね、信頼し合える相手が見つかるはず。
その信頼が崩れることがあっても、いつか元通りにできる。
そう、進む道は真っ直ぐとは限らない。途中で迷子になるかも。でも信頼できる相手がいればきっと目的地に辿り着ける。
大人になるにつれ人生は望むものだけを与えてくれるわけではないと知る。マリネット、直接伝えたかったが君がこれを読むのはワシが記憶をなくした時だ。だか恐れることはない。悲しむことも。
始めに書いたように、失うという経験は人生に付きものだが、それだけではない。本当に大事なのは勝つか負けるかではなく、自分自信に起こる変化を受け入れることだ。例え人生が思い通りにいかなくてもそれを受け入れる。人生そのものが贈り物なのだから。』
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では、マリネットへ書いたこの手紙を、ガブリエルへのメッセージだと解釈して読んでみます。
まず始めに…ガブリエルが失ったものは何でしょう。エミリーですよね。なので冒頭の“失う”をエミリーのことだと理解して読んでいきます。
解釈
『失うという経験は人生に付きもの。でもいいこともあるから。思い通りにいかなくても受け入れること。』┉エミリーを亡くし思い通りにいかないと感じるだろうが、まずはそれを受け入れること┉
『初めての時は全てが冒険』は、前回は飛ばしてしまったのですが…“初めて大切な人を亡くすという経験のこと”と捉えたいと思います。『その冒険がどこまで続くのかはわからない。』┉その辛い経験(状態)がいつまで続くかわからないが┉『きっとお互いの心を委ね、信頼し合える相手が見つかるはず』┉きっと愛する人が見つかるはず┉ その相手はパートナーの“ナタリー”と考えられます。
『その信頼が崩れることがあっても、いつか元通りにできる。そう、進む道は真っ直ぐとは限らない。途中で迷子になるかも。でも信頼できる相手がいればきっと目的地に辿り着ける。』
┉ナタリーとの信頼関係が崩れることがあっても、いつか元通りにできる。道は真っ直ぐではないかも知れないが、愛する相手がいればきっと本来の目的地へ辿り着く┉
『大人になるにつれ人生は望むものだけを与えてくれるわけではないと知る…(略)…だか恐れることはない。悲しむことも。』┉人生は望むものだけを与えてくれるわけではない。だが、恐れたり悲しんだりすることはない┉
『始めに書いたように、失うという経験は人生に付きものだが、それだけではない。本当に大事なのは勝つか負けるかではなく、自分自信に起こる変化を受け入れることだ。例え人生が思い通りにいかなくてもそれを受け入れる。人生そのものが贈り物なのだから。』
┉あなたの人生は、エミリー失ったことだけではないはずだ。本当に大事なのは勝つか負けるかではなく、エミリーを亡くしたことや新しい愛について、自分自身に起こる変化を受け入れること。人生そのものが贈り物なのだから┉
解釈は以上になります。
最後の文章は、本当にダイレクトにホークモス(ガブリエル)に訴えているような文脈なので、彼に対するメッセージだなと、気づく人は気づくような部分ではないでしょうか。
『パッション』回で、ガブリエルの目的はエミリーを蘇らせることだったことが、明確になりました。よって、手紙の解釈の目的地もはっきりしましたね。
この手紙は、“誰が何を失うか”を入れ変えることで全く異なったメッセージとなる、本当に面白い文章だと思います。
111話『パッション』についての感想・見解
マスターの手紙で預言されていたように、ナタリーとガブリエルに亀裂が生まれています。
アドリアンだけでなく、ナタリーもまた、ガブリエルの支配から脱却することが、シーズン5のテーマであり要だと予感させるような内容でした。彼に従ってばかりだったのはナタリーも同じです。
今までの彼女は、アドリアンの心をアクマタイズに利用することさえあり、母親になりきれていませんでした。そんなナタリーが、111話で完全に“アドリアンの母になった”と言えるのではないでしょうか。「…アドリアンを“守る”ため」という言葉にも、母の強さが表れていますよね。2人はもう親子同然です。
エミリーの姿が登場しましたが、やはり動画の中。。。エミリーの演出には凄くこだわりを感じます。動く彼女は常に画面の向こう側……こちらの世界とあちらの世界の境界線をしっかり隔てる役割があると思います。
「エミリーはもう戻らない」「いい加減受け入れて」とナタリーがガブリエルに言い放ち、ようやくエミリーの現状が明かされました。手紙の解釈内容とも一致していますね。
エミリーは、自分が死ぬことを知っていて覚悟していた…それはちょっと予想外でした。
110話で腕に傷をおったガブリエルは、ナタリーと自らの死を想像し、ナタリーもそれを予感している様子ですが、、、私が見た限り…過去に2人の“死”を暗示しているようなエピソードはありせんでした。(エミリーの場合はたくさん出ていますが…)
ミラキュラスのテーマのひとつ、“間違いは誰でも犯すもの、大事なのはどう正すか”という言葉を思い出してみても…ナタリーとガブリエルの“死”は回避と言いますか…寿命が短いなど、何らかのペナルティはあるかも知れませんが、正していくことに重きが置かれると思われます。
なので、ミラキュラスが何話まで続くかわかりませんが、作中2人が死ぬような展開はないだろうと思います。
ナタリーも『父親され居ればアドリアンは幸せになれる』と言いましたので、今のアドリアンには、家族を再生していく改心した父が必要だということだと思います。
ただし、ミラキュラスの間違った使い方は危険だと何度も言われてきましたし、罪は重いので2人にどうペナルティが残るのか。。。??生死について、今後のメッセージに注目したいと思います。
そして、マリネットがシャノワール(アド)に語ったミラキュラスの真実についてですが、つまり…ミラキュラスを使って誰かを救えても他の誰かが犠牲になるということですよね。その真実を、ナタリーたちは知らないのかもしれませんが、ガブリエルの叶えたい願い…“エミリーを蘇らせること”は他の者の死を招くわけですね。
ふと、思ったのですが、、、勝手な理想郷を夢見ているガブリエルは、エミリーを蘇らせる代わりに…もし自分が死んでしまうとしたら、、、本当にその願いを叶えたいでしょうか。彼は“一緒に居る”世界を夢を見ているのであって、もし蘇らせた世界に自分の存在がなかったら…意味がないと思うのではないでしょうか。
マスター・フーの手紙は、エミリーを蘇らせるのではなく、その死を受け入れて新たな愛を見つければ、問題は解決すると伝えています。